カザという手の付けられない悪童がおりました。
 カザはあまりに非道な行いが多かったので、天界にも地獄にも渡ることが許されておりませんでした。彼は見た目は十五そこそこなのに、出生は途方もなく古かったのです。悪いことには不老不死であったので、誰も彼を諌めることができなかったのです。その間もカザは、幾多の略奪と殺戮と放蕩を重ねました。流血を重ねて髪の色は深紅に染まり、欲望は膨らみ止むことを知らず、生ける伝説として恐れられるほどの有様でした。
 そんなカザを止める術があったかどうか知れず、ただ誰かにまともに愛された記憶がないので、誰かがカザを心底愛したならあるいは、ということも考えられました。けれど天地の隅々まで探しても、それほどの慈愛にあふれた者はおりませんでした。みな自分の身が可愛く、伝説級の悪に自ら手を伸ばす勇気がなかったのです。
 ヤハンというエルフがおりました。永遠の美貌と命を約束された、運命の少女でありました。ただし因果の深いことに、故郷の森と家族はカザの放った炎によって滅ぼされていました。
 ヤハンは最後の切り札として、世界のさいはてにある聖なる丘に封じられていました。彼女の責務はただ一つ、カザを愛するために生き、カザによる侵略を抑えるために生きることでした。……しかし、故郷と家族を奪われた者が、奪った当人を心底愛することができるでしょうか?
 そこから、永遠の命を持つ者同士のすれ違いが始まったのです。太陽と月が常に空に在って、けれど互いにけして触れ合わないように。
 ヤハンは毎日、丘に建つ小さな家の中で、細やかに刺繍のなされたエプロンドレスを着て、いつお呼びがかかってもいいようにベレー帽を被り、月の光から採取した不思議な糸で織物や編み物をしています。外套を織ればどんな吹雪にも耐え、手袋を編めば千度のマグマにも耐える丈夫な道具となりました。一方ヤハンが手芸で一目編み目を増やすたび、カザは一つの村を侵略し、百人の命を蹂躙しました。それはさながら、破壊と再生の追いかけっこでありました。
 ヤハンは今日も編み物をしていました。そこへ、カザが訪ねてきました。訪ねるといっても、玄関口で呼び鈴を鳴らすような行儀よさではありません。敷地に入るなり窓を叩き壊してといった、ヤハンの驚く顔を見るがためだけに必ず粗暴なやり方をしました。ヤハンはすっかり慣れっこで、「掃除が大変ですねえ」と皮肉交じりに言うだけだったんですけれど。
「よお、ヤハン。また一つ壊して、また一人こさえたぜ。『俺を愛する気になった』か?」
 カザはばらばらに壊した窓枠に足をかけながら、幼い顔立ちにひどく似合いの当てこするような声音で言いました。ヤハンはきつく睨み返すと、ぴしゃりとぶつように言い返しました。
「私は、あなたが何をしたのか忘れたわけではありません」
「そうかい」
 カザはちえっと舌を鳴らしました。幾ばくか傷ついた顔をして。
「俺とお前とが一つにとけあった日にゃあ、上の神様どもだってひと安心だがな?」
「私にはとてもそんな日が来る気がしません。あなたは狂っています」
「は、っは」
 かすれた声でヒステリックに笑い、カザはヤハンの手元を指さしました。
「そのやわらかで冬かぶるのによさそうな帽子はいくつめだ? お前が一つ編み物をこさえりゃ、また一人俺の種でこさえるだけだぜ」
「それ以上、不幸せな血筋を増やしてはいけません」
「どうして不幸せだなんて決めつけるんだ? みんな大した能力を持って生まれてくるんだぜ。自慢の息子、娘たちだ」
「親らしい愛情を持って迎えるわけでもないくせに……!」
「親! 素晴らしいな、親の愛情か! お前は知ってるのか? 親の愛情を? ちょうどお前が五つかそこらで、お前たちのねぐらは俺が滅ぼしてやったはずだけどな」
 平静を保っていたヤハンの瞳が冷たく冴えわたって、射抜くようにカザを見返しました。一瞬ひるんだかにみせて、カザはひきつるような甲高い声で笑い出しました。それはいかにもおぞましい響きのする、不幸な旋律の音でした。
「ああ、ヤハン、ヤハン、そう睨むなよ。冷たい顔ばかり愛おしくなったら困る、いつか土産を持ってきてやるから、その時は優しく迎えてくれよヤハン!!」
 声には次第に激情が混じりだして、最後の方の発声はほとんど怒声でした。ヤハンは顎を引き唇を結んだまま黙って聞いていました。やがてカザは途方に暮れた幼い子供のようにじいとヤハンの表情を見つめて、やがて泡がしぼむようにその場から消えてしまいました。カザにはなんだって出来ました。いちどきに百の命を蹂躙することも、軍隊を一つ消滅することも、陰のように立ち現われたかと思えば消えてしまうことも。ただ一つできなかったのは、愛する人から愛を乞うことだけでした。
 虚空を睨み付けながら立ち尽くしていたヤハンは、やがてソファに編み物だけ下ろして、破壊された窓際に寄っていきました。手のひらを差し伸べて撫でるように空中を行き来させると、壊れていた窓枠と窓が魔法のように元通りになりました。こんなことは、もう慣れっこなのです。
「……いつになったら終わるというの?」
 詮無い呟きがしじまの中に揺れながら消えて、その場が静かになりました。ヤハンもカザと同じように、ずっと一人ぼっちでした。